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東京地方裁判所 平成10年(ワ)11494号 判決 2000年12月12日

原告

船野幹雄

被告

大坪由記

主文

一  被告は、原告に対し、六〇六三万三七五六円及びこれに対する平成五年八月二〇日から完済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一億三八三八万〇九五七円及びこれに対する平成五年八月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成五年八月二〇日午後六時五分ころ

(二) 場所 神奈川県横浜市緑区小山町六七八番地一先道路上(横浜市道、以下、「本件現場」という。)

(三) 加害者 普通貨物自動車(横浜七八め二七〇七、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告

(四) 被害者 自転車(以下、「被害自転車」という。)に乗って走行中の原告(昭和四七年七月一一日生、当時横浜国立大学工学部二年在学中)

(五) 態様 被告は、十日市場町方向から横浜線中山駅方向に向かって加害車両を進行させて本件現場にさしかかり、前方を同方向に進行していた原告運転の自転車に後方から衝突した。

2  責任

被告は、加害車両を運転して、被害自転車を追い越す際に前方を注視して運転すべき義務があるのにこれを怠って、加害車両を被害自転車に衝突させたものであるから、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の本件事故による傷害及び治療経過

(一) 傷病名 脳挫傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜血腫

(二) 治療経過

平成五年八月二〇日から同年一一月一〇日まで

昭和大学藤が丘病院に入院

平成五年一一月一一日から平成九年一〇月二四日まで

右病院に通院

4  後遺障害の発生

症状固定日 平成九年一〇月二四日

後遺障害名 頭部外傷後の神経症状(自賠法施行令二条、後遺障害別等級表五級二号該当)

二  争点

1  過失相殺の有無、程度

この点に関する当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。

(被告)

本件現場は、センターラインのない幅六・三メートルの直線道路であるが、加害車両の左側前方を走行していた被害自転車が急に道路中央付近に寄ってきたことが、本件事故の原因の一つであり、しかも、まったく後方を確認していないこと、キープレフトの原則から離れて中央付近に寄ってきたことから見て、本件においては、三割から四割の過失相殺がなされるべきである。

(原告)

原告が、走行地点を道路の左側から中央部に変更したこと自体否認する。

かりに、原告が後方を確認せずに進路を変更したとしても、以下の事情から、自転車に乗っていた原告に大きな過失相殺を認めるのは相当ではなく、その割合は一割程度である。

<1> 加害車両の速度は時速七〇キロメートルを下ることはない。

<2> 本件現場の制限速度は時速六〇キロメートルであるが、本件道路は、農道でありセンターラインも車道と歩道の区別もない道路であること、及び通学・通勤路として多数の歩行者・自転車が往来していること等の事情を考慮すれば、実質的な制限速度は時速五〇キロメートルと考えるべきである。

<3> 被告は、原告が加害車両に気付いているものと思い、被害自転車を認めても減速もせず警笛も鳴らさずに加害車両を走行させたものであるから、被告の過失は重大である。

2  損害額(特に後遺障害による逸失利益の額)

この点は、後記の当裁判所の判断の中で、必要な限度で当事者双方の主張に触れる。

第三当裁判所の判断

一  争点1(過失相殺)について

1  証拠によれば、以下の事実を認定できる。

被告は、本件事故の起きた道路(センターラインのない幅員約六・三メートルの道路)において、加害車両を時速約六〇から七〇キロメートルで走行させていた(制限速度は時速六〇キロメートル)が、前方道路左端を被害自転車が走行していたのは認識していた。別紙図面の<1>(以下、地点を符号で示す場合は別紙図面の符号による。)の地点あたりから道幅が広くなることもあって、被告は、被害自転車を追い越すために、右に進路変更して加速して道路右側を走行し始めたところ、<3>のあたりで<イ>の地点まで被害自転車が道路中央に進路を変更してきたのに気付いて右ハンドルを切り、さらに、被害自転車が右に進路変更してきたので、より右ハンドルを切って急ブレーキを掛けたが、<×>地点で加害車両の左前部と被害自転車の前部が衝突し、原告は加害車両のボンネット上に跳ね上げられて、頭部をフロントガラスに衝突させた。なお、被告は警笛は鳴らしていないし、加害車両は、右にハンドルを切った結果、道路右側の無蓋側溝に右の前輪後輪ともに落として停止した。(以上につき、甲第二号証、第九号証、第一〇号証、乙第一号証、被告本人)

2  以上の認定事実によれば、被告に、進路前方の被害自転車の動静に注意し、これを追い越す際の安全確認を怠って、加速して追い越しを掛けた過失があることは明らかであるが、原告にも、後方からの加害車両にまったく注意せず、道路左側から道路中央さらにやや右側に進路変更した落ち度があったものと言わざるを得ない。

衝突地点が道路右端から二・三メートルの地点であること(六・三メートルという道幅から見て中央より右側である)、右に進路変更して衝突を回避しようした加害車両の左前部に被害自転車の後部ではなくて前部が衝突していること(このことは、被害自転車の進路が衝突するまで右に変更されていたことを物語る。)からみて、被害自転車の右への進路変更は明らかである。

3  そこで、以上の認定事実を前提に過失相殺の割合について考えるに、一般に進路変更車両と後続車両との関係では、進路変更車両により重い注意義務が課されるべきであると言え、その意味では、原告の落ち度は軽視し得ないものがある。

しかし、本件は、自動車対自転車という速度や衝突時の安全性に顕著な違いのある乗物同士の事故であり、場所的にもセンターラインもない道路であって、被告が被害自転車を追い越す際には、その動静を十分見極める必要があったこと、追い越しを掛けた際の速度は時速約七〇キロメートルという、一般道路では許容されない高速であること、被告は事前に警笛を鳴らす等の回避措置をとっていないことなども過失相殺の割合を考える上で重要な要素である。

以上の諸事情を総合的に考慮して、本件における過失相殺の割合は二五パーセントとするのが相当である。

二  争点二(損害額)について

前記のとおり、本件は損害額も争点となっているので、各損害額ごとに、必要な限度で当事者の主張を簡潔に示しつつ、当裁判所の判断を示すこととする。

なお、結論を明示するために、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

1  治療費六〇九万五五五二円(原告の請求どおり、ただし、被告側が既に支払った治療関係費五六三万七六二二円を含む。)

甲第五号証の一及び二により認める。被告側による既払金については、当事者間で争いがない。

2  入院雑費 一〇万七九〇〇円(原告の請求どおり)

原告が平成五年八月二〇日から同年一一月一〇日まで入院加療を要したことは前述のとおりであり、一日あたり一三〇〇円の割合で入院雑費を認めることができる。

3  通院交通費 八万九七六〇円(原告の請求どおり)

原告は、昭和大学藤が丘病院まで片道五一〇円、日数八八日として通院交通費を請求しており、甲第四号証の一、二及び甲第五号証の一、二並びに弁論の全趣旨により、原告の請求金額を認めることができる。

4  授業料 三七万五六〇〇円(六二万一八〇〇円)

原告は、本件事故当時横浜国立大学の二年生であったが、本件事故の影響により一年留年を余儀なくされたのであるから、その間の授業料は本件と相当因果関係のある損害と言える。

原告は、平成九年三月卒業後も、就職活動をできるだけ有利に展開するために同大学に研究生として籍を置いたとして、その間の費用(合計二四万六二〇〇円)をも損害として請求しているが、これは相当因果関係があるとは認められない。

5  休業損害 四七九万四〇〇〇円(原告の請求どおり)

原告は、本来留年せずに平成八年四月から稼働できたはずであるが、本件事故のために、実際に職に就いたのは平成九年一〇月一日からであったから、平成八年の賃金センサスの男子大卒の年齢別(二〇歳から二四歳)平均賃金を用いて、その間の休業損害を認定すると、原告の請求どおり認められる。

三一九万六〇〇〇円×一・五=四七九万四〇〇〇円

6  後遺障害逸失利益 五八五六万五六九二円(九三七二万九五六七円)

原告は、前記のとおりの後遺障害を負い、自動車保険料率算定会から、後遺障害別等級表の五級二号に該当すると認定されている(甲第一二号症)。

原告の後遺障害は高次脳機能障害であるが、その具体的な症状としては、四肢の運動麻痺はなく、神経学臨床検査においても、左手に軽度の振せんを認める以外には特に異常はなく、歩行や日常生活動作の障害は認められない。しかし、会話中の声も小さく、かつ認知障害、脱抑制、発動性の低下などによる意欲やコミュニケーション上の障害が軽度に認められる(甲第一五号証の一)というものである。

原告は、本件事故後に前記大学の工学部建設学科を卒業し、その際卒業論文も提出している(乙第二号証)し、日常生活に大きな支障はない(証人船野悦子)。

しかしながら、就職の点では、筆記試験に合格しても面接試験で不採用になるなど、未だに安定した職に就けず、職業訓練校に通うなどの努力はしているものの現時点において就職の見込はたっていない。また、感情抑制ができず、コミュニケーションをうまくとれないために対人関係でも問題を起こしがちである(以上につき、原告本人、証人船野悦子、甲第一三号証、甲第一四号証の一、二、第一五号証の一、二、第一六号証)。

以上によれば、原告は、家庭内における日常生活には支障はなく、潜在的な知的能力はあるが、社会の中で適応し、自己の能力を発揮する、とりわけ仕事に就くことには今暫くの努力を要するものと認められ、また、就職した際も安定して就業できるかは疑問であり、原告の担当できる職務内容もおのずから相当限定されざるを得ないものと思料される。

原告が本件事故当時大学生であり、大学卒業後は当然大学で身につけた専門的知識等を活用して社会に貢献し、右貢献に相応しい収入を得られたであろうことからすれば、後遺障害による労働能力喪失率は、原告の日常生活上の不都合よりも相当大きなものと評価すべきである。

原告が本件事故当時大学生であったことを考慮し、基礎収入を、原告の主張どおり、男子大卒の全年齢平均賃金(平成八年)とし、労働能力喪失率を六〇パーセント、稼働可能年数を六七歳までの四二年(症状固定は平成九年一〇月である(甲第四号証の一)から、症状固定時において原告は二五歳である。)として、事故時点における現価(年五パーセントのライプニッツ方式により、事故時から六七歳までの四五年の係数から事故時から症状固定時までの四年の係数を引く。)を求めると、次のとおりとなる。

六八〇万九六〇〇円×〇・六×(一七・八八-三・五四五九)=五八五六万五六九二円

7  慰謝料 合計一三〇〇万円(合計二六〇〇万円)

原告は、本件事故により、前記のとおり入院八三日、通院期間約四年(ただし、実通院日数は約九〇日と期間に比して少ない。)の加療を要したものであり、また、前記のとおりの後遺障害をも負ったものであるから、これらによる精神的な苦痛を慰謝するには、事故及び症状固定の時期をも考慮し、傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料合計で一三〇〇万円をもって相当と思料する。

8  小計 八三〇二万八五〇四円

9  過失相殺 相殺後の金額 六二二七万一三七八円

本件においては、前述のとおり二五パーセントの過失相殺をすべきであるから、右相殺後の金額は、六二二七万一三七八円となる。

10  損害のてん補 てん補後の金額五六六三万三七五六円

被告において、過失相殺後にてん補となる治療費等五六三万七六二二円を支出している(当事者間に争いがない。)ので、これを前記金額から控除すると、五六六三万三七五六円となる。

11  弁護士費用

原告が、本件訴訟の追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、認容額、審理経過等を総合勘案して、被告に賠償を求めることができる弁護士費用としては四〇〇万円が相当である。

12  本件における認容額

以上によれば、六〇六三万三七五六円及びこれに対する事故日から年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので、右限度で認容する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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